人はそれぞれの人生を生きる

今日は日記みたいな感じでちょっと思ったことを書き残そうと思います。

 なぜかって言うとね、

昨日、たまたまエレベーターで一緒になった
同じマンション(アパート?)に住むおばさんとの会話が
とっても印象にのこってしまったから。


それは、そのほんの5分くらいのおばさんとの会話の中で、
わたしは「人は同じ時を生きるけど、それぞれの毎日・・・」って
本当に、そうなんだなぁ、ってすっごく実感したんです。


これって、当たり前のこと?

まぁ、自分の人生があって、それで、他人の人生があって、
でも、みんな同じ1日を過ごしているってことだから、

当たり前っていったら、当たり前。


いい意味でも、悪い意味でも、「他人は他人」ってこと。


だけど、おばさんとの出会いで、
なんか、深く、すっごく考えさせられたんですよ。


そして、わたしはその場で言葉を失ってしまったんです・・・。

あまりにも突然だったから、なんかかける言葉が浮かばなかったというか・・・。


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エレベーターでの出会い

そのおばさんとは昨日初めて出会いました。

そんなに大きくない建物だけど、あまり見かけたことない方だったなぁ・・。

ブロンドが少しシルバーになりかけボブの髪を後ろで束ねた、
そして、あれはきっと部屋着のような、カジュアルな格好だった。

昨日は晴れてたし、気持ちのいい天気だったから、
いつもより少し多めにスーパーで食材を買って、頑張ってせっせと運んでいました。

エレベーターに乗り込んで、「ふぅ、」っと一息。

「やっと家に帰ってきたわ」という、安心感さえある一人の空間になっていました。


それでね。

なんか、わたしが先にエレベーターの中に入ってドアを閉まるのを待ってたら、
ドアが閉まりかけたところにおばさんがゆっくり入ってきたんですよ。

だから、わたしは慌てて「OPEN」のボタンを押しました。


そう、そのおばさんがあまりにもゆっくりと、、、

しかも、ドアが閉まりかけでぶつかりそうなのに、

あまりにも、全く慌てる様子もないから、

その時すでに、

なんとなく変だなぁ?と、ちょっと不思議な空気を感じたけど、
ま、そんなこともあるわな。。っ的な感じで、

ドアがまたゆっくりと閉まるのを待ってました。

一人の時よりも、誰かが乗ってくると、
エレベーターの空間はちょっと変わります。気持ちの問題ですけどね。


(ちなみにアメリカって、「CLOSE」ボタンを押す人はほとんどいません。
なんか、時の流れに身をまかせるっていうか、せかせかしてないっていうか。
だから、エレベーター内での無言時間は長く続きますw(地域によるのかな?それは不明。))


そして、一度開いたドアって、しばらくちょっと開いたままになってて、

でも、気長に待ってたんですよ。


普通は、その間に自分の降りる階のボタンを押しますよね?

ってか、乗り込んだら、まず押しませんか?

だから、そのおばさんが、全然押そうとしないことに、ますます不思議に思ってたんですよ。


・・・うん?あれ?

・・・・・・・どうしたの??、、、みたいな。


もしかして、わたしと同じ階かもしれないから、っと思ったけど、
不思議は空気を感じたので、一応聞きました。


「何階で降りるんですか?」

そしたら、おばさんはフッと我に返った感じで、

「5階を・・」

って、すっごい小さな声でボソッと。


おぉーー・・・。5階ね、危うく通り過ぎちゃいますよ、、!
、、、だって、わたしが声かけるのが、もう少し遅かったら、
エレベーター出発して、もしかしたら、通り過ぎちゃってたかもよ・・


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他人の状況に言葉を失う

そ・・・それでね、そんな感じで、わたしが慌ててボタンを押したんですよ。

もうエレベータードアは閉まりかけてて、だから、急いで5階のボタン。


これで無事にエレベーターも出発。

わたしもちょっと疲れてたし、静かにしていました。


そしたら、そのおばさん、小さな声だったけど、たどたどしく
なんかやっぱり様子がおかしいんですが、わたしに話しかけてきました。

(様子がおかしいって言っても、
別に気が狂ってるみたい、とかじゃなくて、
体調悪いのかな?的な感じで。)


「今日はわたしにとって本当にうまくいかない日だわ・・」

「あぁ。本当。今日はよくない日なの・・・」


そんな感じ。

これはスモールトークってだなぁ、と思って、


「そうなんですね、少しゆっくり休んでくださいね」

みたいな、感じでわたしも返答してたんです。


そしたら、おばさん、

「そうね、少しゆっくりしなきゃね」

って、前を向いて、5階にちょうど着きそうな感じだったし、

少し気持ちが切り替わったような、でもまだなんかありそうに答えたんです。


わたしはもう少し会話が続くかなぁ、と思いつつも、

「それはいいですね、今日も良い1日を」的に終わらせようと口を開こうとした瞬間。

おばさんが、「今朝、兄弟が死んだのよ」。


・・・・・・・。

えぇ・・・え・・・・・・・・???

わたしは言葉を失ってしまいました。

ってか、完全にエレベーターの隅っこで立ったまま凍ったみたい。


よくわからない状況で、あまりに突然だったから、
何を言ってあげたらいいのか、むしろなんて言葉をかけていいのか・・・。

英語だったからって言うのもあったかもしれないけど、
一瞬息をするのを忘れるくらい、頭が真っ白になりました。

それで、おばさんはスーッと空いたエレベーターのドアに
引き寄せられるように降りて行ったんですよ。


日常的な光景の中で、いきなり恐ろしい生死の現実を突きつけられたっていうか。

とにかく、わたしは自分の階に着くまでの数秒、固まったまま立っていました。




他人の雨の日と自分の日常

別にあのおばさん、わたしに何か言って欲しかったわけでもなくて、

どうしようもない気持ちが、ただ口から出ただけだと思うんです。

だから、わたしはかける言葉がなくて当然だし、かけなくてよかったかもしれない。

昨日のあの一瞬のことは、自分の人生の一部を突きつけられたように思って、
言いあらわせないほどの共感というか、考えさせられました。

他人の人生は、それを味わっている他人にしか本当にツラさはわかってあげられない。

だって、自分以外の人にとってもは、その日、その瞬間は普通なんだから。

あのおばさんにとって、昨日は信じられない「この世の終わりほど悲しい日」。

だって、自分の身内が亡くなってしまったんだから。

しかも、一般的に人が亡くなったりしたら、それを表現するのは、
「pass away」を使うことが多い気がするんですが、
おばさんはダイレクトに「die」を使ったんですよ。

(別にdieでも日本語ほど強い意味にはならないはずですが、
あまり聞くことがなかったから・・・思いがけず、本当に固まってしまいました。 )


わたしにも自分にとって、身体や精神的にしんどい思いをする時期があったから、
その状態を他人にわかりっこないってわかってはいたけど、
昨日のエレベーターでの出来事で、
他人と自分の日常が違うことをはっきりと示された気がしました。


普通に過ぎていく毎日のありがたみをひしひしと感じます。


もしかしたら、恐ろしい現実が今も誰か他人に降りかかってるかもしれません。

自分が感じていないだけで、 毎日はそれほど平穏なわけじゃないのかも。

だけど、良くも悪くも他人は他人。 
そして、人は意外と簡単に死んでいっちゃうのかも。

人はそれぞれの毎日を生きているなぁ、とすごく思い知らせれました。


なんだか、とりとめもない日記になってしまいましたけど、 
何か出来事で人生の色は一気に変わるし、他人にはその風景の色は見えない。


だから、自分自身を大事にして、ゆっくりと生きるしかないのかなぁと思います・・・。 


あぁ、 今、少し回復してきて、やっぱり人生に欲が出てきて、
「生きる」ことだけじゃなくて、
それ以上にもっと!っと多くを望みすぎそうになるけど、今に満足するべきかもなぁ・・・。


昨日の出来事がまだ尾を引いて、なんとなく気持ちが上がりません。
そして、気持ちが下がったりすると頭も痛くなってくる・・・。

ブログ書いてる場合じゃないかもだけど、、、

書くことで気持ちも整理できるから。


ではでは、すべての人に普通が毎日続きますように・・・。またね。